2018年6月5日火曜日

目標より願望のほうが好き



目標というと何か重たく感じてしまう人も世の中には多いのではないだろうか?

年が明けたら新年の誓い、新年度4月になったら一年の目標設定とか、何かと周りに急かされるかのように決めなきゃいけなかったりと。
そして、当然のように目標値までの到達報告もある。

でももうそういうことに疲れ切ってしまったという人にとっては、無理に目標を立てる必要もないのではと思うし、そういうことを半強制的にやらせるのはどうなんだろう?
より消耗が増すだけだ。

前より少しでもよくなっていれば良しとすべし。
別に現状維持でも十分。

「自己を高める」云々言われても、本人がその気になれないなら、ただ淡々とやるのも悪くない。
空気のようにラクに進めたほうが、何でも長く続く気がしている。
ガチガチできつい競争もいいけど、緩く生きてもいいんじゃないだろうか。

私は目標よりむしろ願望のほうが言葉としては好きである。
目標は確固たる具体的数値で、年々ハードルを上げていかなければならない。
抑えつけられるような重しのように感じてしまうこともあるだろう。
一方、願望はまだ憧れの世界でゆるふわなものだ。

自分にとってこうありたいという姿は誰にでもあるもの。
そのためにはどうしなければいけないかは人間は自然と考える。
色々経験しながら試行錯誤していくだろう。
もし今は動けないなら、夢見て想いを強くするのも悪くない。